杢の魅惑−樹木の内なる美
木目といえばふつうは柾目や板目ですが、そうした分類には収まらない絶妙の模様を、「杢目」(もくめ:Figured grain)あるいは単に「杢」(もく:Figure)と呼んでいます。装飾性が高いことから、和風建築の各所に用いられたり、挽物や指物、楽器の素材として珍重されています。
いつの頃からかは分かりませんが、日本人が名付けてきた杢の種類は、実に数多いようです。現代人には実感のわかない命名もあり、外国名が日本語訳されたようなのもあります。
網杢 | 泡杢 | 稲妻杢 | 渦杢 | 鶉杢 |
絵巻杢 | 火炎杢 | 蟹杢 | 雉杢 | 銀杢 |
孔雀杢 | 絹糸杢 | 瘤杢 | 笹杢 | さざ波杢 |
さば杢 | 縞杢 | 如鱗杢 | 白杢 | たくり杢 |
筍杢 | 玉杢 | 縮み杢 | 鳥眼杢 | 縮緬杢 |
虎斑 | 虎杢 | 中杢 | 波杢 | 縄目杢 |
バイオリン杢 | 葡萄杢 | 放射杢 | 舞葡萄杢 | 山杢 |
りぼん杢 | リップルマーク | 雲頭の杢 | 糠杢 |
客観的基準がなく奥深い
「杢一覧」は、さまざまな文献や銘木店で語られるものをできるだけ網羅したものです。私自身学者ではありませんので、学術的な分類というべきものでありません。もともと、杢の評価は主観的なもので客観的基準があるわけではありません。どれ一つとして同じものが存在しない銘木の世界では、ある人が「これは泡杢だ」といっても別の人は「いや玉杢だ」ということがあってもおかしくないのです。したがって、杢名は銘木を愉しむ人のための便宜的な呼び名と考えていただいた方がよいでしょう。まだ勉強不足ですが、一地方だけの呼び名があるのかもしれません。また特に欅は、名のつけようのない、言葉で表現しきれない美杢があることも少なくなく、それが杢の奥深さでもあります。 →木目の不思議を詳しく
- 網杢あみもく
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黒柿
黒柿の心材にみられる縞模様。木取り方によっては孔雀杢とも呼ばれる逸品になります。
[同類]孔雀杢・縞杢
[樹種]黒柿
- 泡杢あわもく …… Blister grain
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欅
神代欅
欅
泡状の模様をいいます。玉杢の亜種とみてよく、玉杢であるとしても間違いではありません。玉杢は樹皮側に出現しやすく、樹心に近づくとなくなっていきます。この玉杢が消えていく境界にこの泡杢が出るのかもしれません。
楽器に使われる北米産メープル(楓)にはキルテッド杢というのがあり、この泡杢に分類されるそうです。キルテッドというのは立体的に見えるの意です。
[同類]玉杢
[樹種]欅
- 稲妻杢いなづまもく
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将棋の駒で使われる杢名です。
[樹種]黄楊
- 渦杢うずもく
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白タガヤ
鳴門の渦潮のように見える模様です。直線部分と玉状部分がうまく配置されないと渦のようにみえません。外国産材でみられます。
- 鶉杢うずらもく
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鶉の羽に似た模様をいいます。ウズラの卵は知っていても羽を知っている人は少ないかもしれません。古典落語「牛ほめ」で「薩摩の鶉杢」として登場する点や、焼き物でも鶉斑という名称がある点から考えると、かなり古くから使われている杢名なのでしょう。屋久杉に限定して言う場合が多いようです。
[樹種]屋久杉・アカマツ
- 絵巻杢えまきもく
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欅
細かい波が折り返すように大きくうねる杢で、絵巻物のような雅味があります。単に波杢の範疇に入れておくわけにはいかないと思います。私の提案です。
[同類]波杢
[樹種]欅
- 火炎杢かえんもく
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火炎のような模様をいうらしいのですが、私は見たことはありません。あの西域の火焔山の山襞みたいな感じでしょうか。さば杢のような杢がこれに相当するようです。
[同類]縮み杢・波状杢・さば杢
[樹種]楓
- 蟹杢かにもく
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蟹の甲羅状の模様とも、蟹の足のように左右に広がる模様ともいい、どちらが正しいかは分かりません。松や栂の老齢木にみられるそうです。三味線の胴部には、蟹杢が使われるそうですが、これは杢目が左右に広がる感じのものを指すそうです。
[樹種]栂・松
- 雉杢きじもく
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屋久杉にかぎっていう使用されるようです。野鶏斑ともいうようです。
[樹種]屋久杉
- 銀杢ぎんもく …… Silver grain
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虎斑(とらふ)のことです。ナラの柾目面などにみられますものが有名ですが、欅でもそれらしい模様を見ることがあります。
[同類]虎斑
- 孔雀杢くじゃくもく
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通常、黒柿に限定して使われる杢で、白と黒の部分が絶妙に入り交じったものです。黒柿の中では最高級とされます。孔雀の羽のようということですが、「これぞ孔雀」というものにはなかなか出会えるものではありません。木取り方によっては網杢になります。黒柿は乾燥の過程で大変割れやすい材で、取り扱いが極めて難しいものです。
将棋駒の世界では黄楊の縮み杢のようなものを孔雀杢と称する場合があります。ただ、これはさば杢に近いもののようにも見えます。
[同類]網杢・縞杢
[樹種]黒柿
- 絹糸杢けんしもく
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絹糸のような輝きをもった杢を言うらしいのですが、杢というより紋といった方が誤解がありません。
[同類]リップルマーク
[樹種]栃
- 瘤杢こぶもく …… burls figure
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花梨
瘤杢とは言わず単に瘤という方が一般的です。瘤という漢字から病気の木という負のイメージもありますが、自然の不可思議さに潜む美は素直に評価してよいのではないでしょうか。花梨の瘤は年々減っていて、希少価値は高まっています。
高級な外国産材ということなのか、車の内装で木目調パネルというのはこの瘤杢ふうのものが見られます。しかし、その手触りや光沢はプラスチックそのもので、木を扱うプロから見ればまさにまがい物です。本当の瘤杢はもっと硬い質感があり艶やかさも自然です。
[樹種]花梨
- 笹杢ささもく
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欅
欅
杉の老樹に多くみられ、天井板や腰板などに珍重されます。欅の場合は、笹の先がさほど尖っていなくても笹杢と称しています。
[樹種]杉
- さざ波杢さざなみもく
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特に楓にみられる光沢のある波杢をいいます。栃の漣紋(さざなみもん:リップルマーク)とは違います。
[樹種]楓
- さば杢さばもく
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欅
欅
幹が二股に分かれるところを「さば」といい、その部分に見られる杢。さばは、「鯖」ではなく、「捌く」からの命名でしょうか。ふつうの波形とは違い、扇形に広がる柔らかな波が特徴です。たいていは材も硬く独特の艶の上がるものになります。ただし、杢の整った美品は数少ないです。 英語では、クロッチと呼ばれるようです。
[同類]二股杢・矢羽根杢
- 縞杢しまもく …… Stripe grain
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黒檀
黒柿
黒柿
道管によってできる木目とは違い、色によってできたストライプ模様をいいます。乱れ縞杢や鹿斑縞杢などという細分化した言い方もあります。縞杢という言い方はどちらかというと一般的でなく、黒檀の場合は縞黒檀、黒柿の場合は縞柿と呼ぶ方が多いようです。
[同類]孔雀杢・網杢
[樹種]黒檀・黒柿
- 如鱗杢じょりんもく
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小柄な玉杢が重なるように連続して魚のうろこのように見える杢です。玉杢の特別種と考えればよいと思いますが、これが如鱗杢と言い切れる逸品は本当に少ないものです。
魚のうろこのごとしというわけで、銀鱗のような光沢のある杢という解釈もしたくなりますが、それではこの杢の希少性は生まれません。硬い欅のなかには、木目と木目の間に大変美しい光沢と生長輪をもつ材があります。これがあたかも銀鱗の輝きにも似ていることがあるのですが、これには杢名はありません。
にょりんもくと呼んだり、魚鱗杢と言う場合もあるようです。
岩泉豊氏の著書「日本のけやき玉杢」によると、如鱗杢と如輪杢は違うものとされていて、玉杢=如輪杢で、如鱗杢は玉杢とはいえないということです。この著書では、あずき杢というのもあり、虫食い状の溝の模様があるものとされています。
[同類]玉杢
[樹種]欅
- 白杢しろもく
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辺材を生かした白の強い杢。スギに使われます。
- たくり杢たくりもく
-
主にタモに使われる言葉で、玉杢が細長くなったものをいいます。たぐり杢ともいいます。
[同類]玉杢
[樹種]タモ
- 筍杢たけのこもく
-
欅
槐
板目面にみられる模様。他の杢に比べ特色が薄いことから、やや侮るようにも使われます。しかし欅の場合、実は拭き漆を前提にした挽物向きの性のいい良材もよくあります。山杢ともいうようです。
- 玉杢たまもく
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神代欅
欅
欅
欅
栓
タモ
最も知られた杢の一つです。この派生種ともいうべき杢はたくさんありますが、通常それらをひっくるめて広い意味で玉杢という言い方をしています。欅の場合、樹齢数百年以上の材に見られるといい、どちらかと言えば軟らかい材が多いようです。同心円が幾重にも描かれ大柄に広がる華やかなものと、小さい玉が点々と散らばる上品なものに大別されます。バランスの良く範囲の広いものは極めて希少で、杢のなかでも最高のものとされます。ただ、玉杢一辺倒では面白みが足りないという人もいるでしょう。玉杢はアクセントにして、全体としてドラマチックな変化に富む杢の方が雅趣がある場合もあります。珠杢と書く人もいます。
玉杢と瘤との関連ですが、欅の場合は花梨などの瘤とはやや違い、むしろ皺にちかいもののようです。玉杢の樹皮直下部分はまさに玉のように見えます。
[同類]泡杢・牡丹杢・如鱗杢・たくり杢
[樹種]欅・タモ
- 縮み杢ちぢみもく …… crepe grain
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マホガニー
欅
マホガニー
タモ
栃
栃
縮み杢は繊維方向の木目とは直交するように表れます。写真のタモが典型的です。
挽物で「縮みといえば栃」「栃といえば縮み」というくらい、栃が有名です。1寸8縮(やちじみ)と言われ、約3センチの間に8つの模様が連なるものが最高とされます。1寸10縮(とおちじみ)が良いとする人もいますが、さほど意味のない違いです。細工に使うか家具に使うかなど用途に応じて、縮みの間隔の適否を見定めれば良いでしょう。
栃は、この縮み杢と合わせ漣紋(さざなみもん:リップルマーク)があるものが好まれています。ただ、この栃縮み杢の輝きは漆を塗るとやや変わります。その変化を際だたせるという見方もできますし、スーパーホワイトの素地が失われるという見方もできます。
栃にはこのほか、かすり杢やしかみ杢というのがあるとされています。
[同類]縮緬杢・縮れ杢・巻毛杢・バイオリン杢・虎杢・しわ杢・ござ杢
[樹種]栃・楓・欅・タモ・楠・マホガニー
- 鳥眼杢ちょうがんもく …… Bird's eye grain
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花梨
鳥の目のような濃い色の中心部と同心円が複数連なる杢。バーズアイメープル(楓)が有名です。
[同類]葡萄杢・瘤杢
[樹種]楓
- 縮緬杢ちりめんもく …… Curly grain
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縮み杢とほぼ同じ。縮れ杢とも巻毛杢ともいうようです。
- 虎斑とらふ …… Ray fleck
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ナラの柾目面などにみられる射出髄。虎の縞のような模様をいいます。レイフレックは、顕微鏡的に見ると放射組織班と呼ばれ、虎斑ほどではありませんが、欅でも美しい輝く模様が観察できます。
[同類]銀杢
- 虎杢とらもく
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虎斑とは違い、虎の縞のような縮み模様をいいます。虎目(とらめ)という言い方が一般的かもしれません。楽器の材でよく使われます。
[同類]縮み杢・バイオリン杢
- 中杢なかもく
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柾目の真ん中だけが板目になっている杢。主にスギに使われます。
- 波杢なみもく …… Wavy grain
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欅
欅
波杢ほど分かるようで分からない杢はないかもしれません。細胞の並びである波状木理(Wavy grain)という用語と混同して語られるため、使う人によって「波状杢」とか「波杢」とかいい、その模様も1.S字が連続する波形を指す場合2.次々に押し寄せる波を上から見たような「波状」を指す場合があるようです。2.の場合は、縮み杢と同義とみてよいと思います。
しかし結局、1.と2.は、波状木理を90度違う角度から見たような関係になるとみてもよいケースがあります。
ただし、リップルマークの波状紋とは違う点に留意しておかねばなりません。
将棋の駒で、黄楊(つげ)でつくったものにねじれ波杢というのがありますが、この用語の使い方は残念ながら分かりません。
- 縄目杢なわめもく
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縄目は縄目(交錯木理)で、わざわざ縄目杢とはあまりいいませんが、それが美しいのであればやはり縄目杢といってよいでしょう。縄目とは順目(ならいめ)と逆目(さかめ)が交互に繰り返す木目の状態をいいます。
[同類]縄杢・りぼん杢・シコ杢
[樹種]楠・タブ・マホガニー
- バイオリン杢 …… Fiddle-back figure
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バイオリンの背板に使われるイタヤカエデの杢を特にこう呼んでいるようです。
[同類]縮み杢
[樹種]楓
- 葡萄杢ぶどうもく
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花梨
葡萄のように種があるような円が連なった模様です。特に樟の葡萄杢が有名です。
[同類]鳥眼杢・瘤杢
[樹種]樟・花梨
- 牡丹杢ぼたんもく
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欅
神代欅
ボタンの花のような杢。玉杢とみてもよく、玉杢の同心円がややギザギザした花びら状のものを特にこの名称で呼びます。
[同類]玉杢・泡杢
[樹種]欅
- 放射杢ほうしゃもく
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南天(拭漆)
蔦(拭漆)
このカテゴリーは私の提案です。南天などを輪切りにした際、木口にみられる模様は、やはり杢の名称を付けたいものです。くっきりしたものほど希少価値があります。木口の中心からの放射状の割れを星割れといいますが、その生成と関係あるかもしれません。ただ、この放射杢は放射部分が空隙ではなく目がつまっていますので、割れと決めつけられないような美があります。蔦の場合は、いわゆる巻きひげの根っこ部分が放射模様となります。
[樹種]南天・蔦
- 舞葡萄杢まいぶどうもく
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タブノキの瘤にみられる葡萄杢をいうようです。葡萄の房が連続するようなものらしいです。
- 山杢やまもく
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[同類]筍杢。
- りぼん杢りぼんもく
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りぼんの綾というとますます混乱しそうです。光の反射が異なることで、帯状に濃淡が交互に繰り返す模様をいいます。いわゆる縄目(交錯木理)でできます。
[同類]縄杢・縄目杢
[樹種]楠・タブ
- リップルマーク …… Ripple mark
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栃
0.5ミリほどの間隔の縞模様で、絹糸のような輝きがあります。微細な模様であることから、杢とは区別し紋と呼んでいます。
[同類]漣紋(さざなみもん)・波状紋・絹糸杢
[樹種]栃・黒柿
【参考】 - 雲頭の杢うんとうのもく
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黒部スギに限って使われます。天井板で有名です。
[樹種]黒部スギ(ネズコ)
- 糠杢
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正しくは糠目で、誤用だと思われます。ぬかめと呼びます。杢ではなく、主に木目の細かさをいいます。木目間が2ミリ内外のものを糸柾(いとまさ)、毛柾(けまさ)といい、さらに細かいものを糠目といいます。
しかし糠目は、木口面でみると導管ばかりが目立つ材、つまり穴だらけの材のことで、マイナスの文脈で用いるようです。また、同じように軽くて軟らかい材をザク目という言い方もします。いずれもケヤキではよく見られます。