美しい木目は塗らなくても美しい
欅杢盆No.2262-2264
当工房は、漆を塗らない白木地の美しさを追求しています。作品の約8割は塗りを控えています。右の写真に見られる欅の艶やかさは、磨いただけのものです。艶出し剤などを基本的に塗っておりません。硬い木は本来、艶やかで強いものです。
「木のぬくもり」とよくいいますが、樹種や部材によって千差万別です。その天然の肌触りを比べて楽しむには、漆やウレタンを塗らなくてもいいのではないか。銘木木地屋として貫いている基本的な考え方です。よく「漆をかけて木目を浮き立たせる」といいますが、本当に美しい木目というのは塗らなくても美しいのです。
木への畏敬、塗らない謙虚さ
縞柿を木取りする
素晴らしい木目(杢)に出会ったとき、塗るという行為がはばかられるものです。たとえば欅の杢を見ると、何百年あるいは千年以上も立木としての命を長らえ、一本一本の年輪が絶妙の模様となって描かれている。それが製材されて目の前にあるというのは何とも愛おしいものです。感動を通り越して自然への畏敬を感じる時もあります。木取りするときは真剣勝負です。「まず塗りありき」というような器づくりは私には考えられないのです。使う際のさまざまな条件を吟味した上で、塗るべきは塗ればよい。それが木を生かすということなのではないでしょうか。
塗るか塗らないか、使い手が選ぶ
もっとも、私は漆を否定するつもりは毛頭ありません。漆の自然素材としての素晴らしさは言うまでもないことで、漆は日本が世界に誇る伝統文化です。私も必要と判断すれば塗りを外部に依頼しています。(商品ギャラリーでは「拭漆」と表示)。また、実用度の高さや要望に応じて、汚れを防止し耐久性を高めるために荏油を自ら塗る作品もあります。結局、木目や木肌を重視する銘木挽物では、漆を塗るか塗らないかは、使う人の価値観にできるだけ委ねたほうがよいと考えます。漆を塗ることで得られる半永久の耐久性と光沢、一方で薄れてしまう木そのものの質感や肌触り。どちらに重きを置くかはその人の好みです。漆塗りやオイルフィニッシュの希望があれば申し受けます。
無塗装 (白木地) | 荏油塗り (オイル仕上げ) | 拭漆 (漆器) | |
長期的な耐久性 | ★★ | ★★ | ★★★ |
耐水性 | ★ | ★★ | ★★★ |
木質感(肌触り) | ★★★ | ★★ | ★ |
趣の経年変化 | ★★★ | ★★ | ★ |
歪みにくさ | ★ | ★ | ★★★ |
光沢・艶 | ★★ | ★★ | ★★★ |
立山山頂の峰本社にみる欅の強靱さ
北アルプス・立山の頂上(3003m)に総ケヤキ造りの峰本社があります。1995年に136年ぶりに建て替えられました。塗りは荏油だけです。宮大工さんによると、荏油を塗ったのは気休めで「三、四年長くもつかな」といいます。冬場は氷点下30度という過酷な条件下で、欅材はそれなりに耐えられるのです。建材と器の材とでは違う点もあるかもしれませんが、欅は塗らなくても材そのものが十分に強靱なのです。
白木地を使うには愛着を
白木地製品は、扱いに注意が必要です。「濡れた時はすぐに拭く」という当たり前のことが大切です。とにかく綿布でこまめに拭くことをお勧めしています。それだけでも、仕上がり直後の微細な加工跡がなくなり、硬木が持つ本来の艶やかさが出てきます。「木は長持ちする」といっても、それには愛着が必要です。塗らない自然の木肌は5年、10年、20年…と使うにしたがい味わい深くなじんできます。こだわりある材料や独特の木目を生かした価値ある器は、少々値がはっても、世代を超えて使えます。
私に限らず、伝統的工芸「庄川挽物木地」では、白木地をおすすめする職人がいるかと思います。山中漆器や輪島塗など近隣には有名な漆器工芸があるにもかかわらず、富山県砺波地方は白木の器を磨いて楽しむ傾向があるのです。それは、この地方の住宅が屋敷林という文化を大切にしてきた歴史と無縁でないかもしれません。身の回りに木を育て、日頃から木への愛着を培ってきたことで、漆をぬらずに木肌を味わうという伝統が根付いたのではないでしょうか。
「白木地は半製品」は誤謬
挽物木地を、漆器工芸の単なる一工程とみる人がいるようですが、それは残念なことです。通産省の伝統的工芸指定(伝産マーク指定)において、「庄川挽物木地」は1978年に「工芸用具・材料」として指定されました。他の生産地が「木工品」や「漆器」として指定されたのとは違いがあります。確かに、漆器の素地を生産する量が多く、それ自体製品として販売する数が少ないという面があったのでしょう。しかし、私は、木工轆轤という技術は、自立できる工芸分野だと確信しています。
塗らない白木地作品は「漆器」と呼ぶべきではありませんが、木の器として「半製品」であるというのは誤謬だと思います。
荏油について
荏油は「えのあぶら」または「えごまあぶら」といい、荏胡麻の種から採った植物性油です。古来から木材加工品に塗られ、和傘などにも用いられます。乾きが早く、漆塗りの際に薄めるためのシンナーのようにも使います。当然、荏油を塗った後からでも、漆を塗ることもできます。
荏油を欅材に塗ると、やや赤みを帯び、艶がでます。そして汚れがついても拭き取りやすくなります。荏油の最大の利点はこの防汚性でしょう。匂いは次第に薄れて、しなくなります。あくまで好みですが、油を塗ることで、ほんのわずかですが色が変わることと艶が出ることを、大抵の人は最初いいなと思うのですが、時間をおいてからどうみるかが、塗る塗らないの判断のポイントです。
また、荏油の最大の利点である防汚性を、どう考えるかも私自身よく悩みます。悩んだときは塗らないようにしています。
木の器を塗装するのによく使われる油としては胡桃油(ウオールナット)などもあります。こうしたオイルを塗って仕上げることを、オイルフィニッシュといいます。オイル仕上げは、拭漆に比べより簡単な塗装で、ナチュラルな風合いを保つことができます。
オスモカラー
近年好評のワックスにオスモカラーがあります。ドイツ製の浸透性塗料で、安全性を売りにしています。主成分はひまわり油・大豆油・アザミ油・カルナバワックス・カンデリラワックスなど。汚れ防止や撥水を最優先とするならこのワックスをおすすめします。
2種類のクリアー(透明塗料)を薄く重ね塗ります。エキストラクリアー#1101を塗り、1日おいてノーマルクリアー#3101を塗ります。微妙な肌目は失われますが、漆などと比べてより自然な感触が残ります。荏油と比べべたつき感が少ないようです。匂いについては、日本オスモ社は消えるとしていますが、確かにかなり薄い部類でしょう。表面は浸透したワックスが固まるためかかすかに硬質感が出ます。木の呼吸(調湿性)は止めないそうです。光沢はノーマルクリアーの三分艶となり、本来の木の艶は失われます。
養生には時間を要します。日本オスモ社は、欅の場合2カ月をみてほしいとしています。トレイや茶筒で試していますが、トレイであれば1週間ほどで使い始めても問題はないと思います。
どれだけ自然重視の塗料とはいえ、ワックスであることには変わりません。ひとたび塗れば木の風合を少なからず損なうことはお忘れなく。風合を壊さない塗料があるとすれば、その材が固有に含んでいる樹脂分だけです。迷う場合は、塗らないことです。塗っても良いものでいろいろ試してみるのがいいでしょう。
オスモを塗布した後に、漆を拭くこともできます。